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逆説のオプティミスト、ルソー [美術]

というわけで、
前回の記事に引き続き、アンリ・ルソーである。

ルソー絵もそう評されることが多いが、
人柄も子供のままで純朴、純粋だったと言われる。
その常人離れするほどの程度により、
彼の生涯は物語のような、
謎と悲哀と夢に縁取られたものであった。

rousseau 01.jpg

ルソーはその絵も人生も、逆説に満ち満ちている。

彼は「レアリスムの画家」と自称し、
見るものを写実的に描いているつもりであったが、
それは一般的な写実主義とはほど遠いものであった。
伝統的なアカデミズム絵画に憧れ続けながら、
次世代を遥かに先取りする絵を描いた。
彼の絵は一見動きのない静止したものに見えるが、
見れば見るほど、他の絵には無い躍動感、生命力が伝わってくる。
画面からの沈黙も同様、画中の全てが音を奏でるようになる。

浮世離れして、自らの価値観でしか生きていなかったが、
同時に非常に権威主義で、名声や大金に憧れ続けた。
これ以上なく穏やかでお人好しだったが、
一方では嫉妬深く激情家であった。
批判も非難もまったく理解せず飄々としていたが、
ずっと根に持っていた。

生涯、悪意あるものから愛あるいたずらまで含めてだまされ続けたが、
死後本人の言及による経歴詐称が長らく人々をだまし続けた。

逆説のオンパレードである。

このような矛盾の中を、ルソーはドン・キホーテさながらに、
人々に馬鹿にされながらも絵画という槍を持って、
ただひたすら理想に向かっての戦いを生涯続けた。

rousseau 02.jpg
(↑画室のルソー。彼の槍と共に。)

ルソーは自分についての細かい嘘をつき続けた。
おまけに自分自身がその嘘を半ば本当に信じていた。
彼は自分の作った世界に理屈を超えて同化してしまう人だったようだ。
自分の嘘を信じ、自分が描いた熱帯植物の熱気に息苦しくなった。
これはもともとの性格もあるだろうが、
長らく不遇の日々を送っていたから、というのもあるだろう。

満たされない現実の代わりに別の世界を創造し、
時にそれに同化してしまう。
ある種の才能とは、宿命の強さから来ると思うが、
その点ルソーは、生きるために世界を創造せざるを得ない、
そのためにそれを描き続けなくてはいけない、という宿命があった。

彼の眼を通すと、日常のありふれた事物も、
彼自身の世界の重要な登場人物になる。
彼は大切なものは大きく描き、存在として大きなものを大きく描く。
遠近法を超えた、古来の尺度である。
中世のキリスト画ではキリストは大きく、
使徒は隣にいても小さくなる。
日本の浮世絵の花魁とその付き人も、同様。
そのような表現をルソーは本能的に理解し、
そのような世界観こそ彼の秩序だった世界にぴったりだったのだろう。

ルソーにとって人間は「いい人」「わるい人」でほぼ分けられたらしい。
この世界観といい、彼は童話的である。
グリム童話等民話で見られる、単純なようで、複雑なようで、
しかし独自の秩序のある世界。
無垢で美しく、しかし残酷で、
常に死がとりまきながら激しく生を求める世界。
善人と悪人、苦難と成功、悲劇と幸運、騙しと愛の世界。

童話の持つ普遍性に惹きつけられるように、
多くの人がルソーの絵に惹き付けられる。
その絵はまれに見るほど完結した、
完全に個人的な世界であるのに、
見ている内に共感してしまうのは、
このようなからくりがあるからなのだと思う。

私はルソーの絵を見、ルソーのことを知れば知るほど、
なんとも言えない哀愁と、優しさを感じる。

横たわる女、そっと匂いを嗅ぐライオン、
笛を吹く神秘の人物、獰猛な野獣、
威厳とユーモアの入り交じった人々、
どこまでもしげっていく植物、ひとつひとつ丹念に描かれた葉、
無数の色を持つ空、太陽、月、
月の光。

同僚のいたずらとも知らず、
現れた骨格標本に深々お辞儀をしてのどが乾いてないか聞く彼。
だまされてもだまされても懲りずに人のもたらす朗報に胸躍らせる彼。
嘲りに満ちた批評を丁寧にスクラップする彼。
絶望的な老いらくの恋に胸焦し、相手の家の外で寝る彼。
誰も来ない展覧会のために飾り付けをする彼。
稚拙さを笑われ回覧される自分の作品を悲しそうに眺める彼。
近所の子供や老人に芸術を教える「教授」であることを誇った彼。
毎晩亡き妻の肖像の前でフルートを吹く彼。
ピカソの開いた「ルソーをたたえる夜会」を、
当然だという、荘厳な顔をしながらも、無邪気に幸福に楽しんだ彼。

そんなひとつひとつのことを思うたびに、
ルソーの使った色さながらに、
ちくりとする暖かい感情が増幅してゆくようだ。

哀感あふれるようなエピソードが多い割に、
悲壮感があまりないのは、ひとえに彼の楽観主義によると思う。

彼は徹底した楽観主義者であった。
絵も、名声も、恋も、最後まで決してあきらめなかった。
時に現実の刃の傷を受けても、
それをかわすために世界を作り、
描き続けた。
そんな絵画のドン・キホーテを、
私はその絵と同じくらい愛するのである。

rousseau 03a.jpg
(↑代表作のひとつ、<眠れるジプシー女>。
布地の色のひとつひとつにここまで月光を浸透させ、表現した人はいない!)



アンリ・ルソー (タッシェン・ニューベーシックアートシリーズ)


コメント(3) 
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コメント 3

TOCKY

ルソーの絵は拝見した事がありましたが、その他の知識は皆無だったので興味深く読ませてもらいました。
アートって、それが生まれる背景を知るとよりおもしろさを増しますね。最近はトンと時間がありませんがアーティストの伝記物って読むの好きです(^^)
by TOCKY (2011-02-19 15:07) 

bead

▼TOCKYさま

私も伝記ものって大好きなんです!
音楽人、画家、映画人、歴史人、皆面白いですよね

絵でも映画でも、本当は前知識なくまず見るのが一番ですが、
つい先に読んでしまうことも。
でも見てからまた読むと二重に楽しいですね。

特にルソーさんはこのように本人の絵にぴったりの人生なので、
ただ読むだけでもすごく面白かったです
by bead (2011-02-21 03:34) 

Robert

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新しいWebサイトやブログから始まり、終わりまでの間、
by Robert (2017-09-24 10:01) 

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